« Gàidhlig ann am bàr (2) | トップページ | Rian fhaclail agus "tha" »

2005年7月11日 (月)

爆弾テロ(2)

こんな書き方をすると亡くなった方々に申し訳ないのだが、わたしがお世話になった方々や知人は皆無事だった。少しというより本心から安堵した。

心配していたように、ロンドンの地下鉄は深いために、遺体の収容がままならないそうだ。ということは、ひょっとしたら救えていた可能性のある命もあったのではないかという思いが頭をもたげてくる。なんら落ち度のない方々の命を簡単に奪ってしまえる現代が悲しい。

何かに抵抗したいなら、ガンジーを思い出してほしい。彼がなぜ偉大なのかといえば、その不服従・無抵抗主義は、多くのインド人の血を流さずにすんだばかりでなく、相手の英国人の血さえも流さずに独立を勝ち取ったではないか。血を流して得たものなど、同じように血を流して失うのが関の山だ。そして、そんな指導者たちはどんな美辞麗句を並べたとて、歴史で評価されることなどあるまい。

|

« Gàidhlig ann am bàr (2) | トップページ | Rian fhaclail agus "tha" »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/88375/4923792

この記事へのトラックバック一覧です: 爆弾テロ(2):

« Gàidhlig ann am bàr (2) | トップページ | Rian fhaclail agus "tha" »