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2006年3月15日 (水)

ダリエン計画 Drien Scheme

しばらく、蒸留所名のゲール語解読をまとめてやっていたけど、歴史物も忘れたわけではないことをちゃんと示しておこうと思う。

日本ではなかなか語られない事件と思うけど、このダリエン計画こそスコットランドが本当の意味で独立を失う契機となった事件だと思うので、スコットランド贔屓としては取り上げておく。

1695年 スコットランド議会は、スコットランドも植民地をもって、国力をつけるべきだという観点から Company of Scotland Trading to Africa and the Indies という国策会社の設立を承認した。アフリカや南北アメリカの人々にとっては迷惑な決断であるが、当時のヨーロッパとしては、自然な流れだったのだろう。

そして、一片のいい加減なレポートから、現在のパナマ付近、ダリエンに植民地を建設する計画がたてられ、そこに人とお金の資源を集中することになった。当時のスコットランドの国富の約1/3に相当する40万ポンドが現金として集められ、使われることとなった。そして、1698,99年(1968、69年って書いてましたけど書き間違いです m(_)m )には何度かに分けて人々が約3000人が派遣され、その土地は、New Edinburgh と名付けられた。
気候は温暖で過ごしやすく、人々は温厚でスコットランドの人々と通商を願っている、こんな夢のような土地のはずだった(確かにその内容のレポートはとどけられた)。実態は、単なるジャングルにすぎず、敵対的な現地の人々と風土病に苦しみ、派遣された3000人は、計画破綻時には1000人になっていたという。

さて、この計画。よく考えなくてもイングランドにはじゃまな計画だということがすぐにわかる。外国との貿易をイングランドに依存していたはずのスコットランドが自前で植民地を作ろうとしているのだ。そして、誰もが学校で習ったはずのイングランドの東インド会社の権益を損なう可能性もあった。また、当時はスペインがパナマ界隈の主権を主張しはじめていたので、イングランドと争っていたフランスがスペインと手を組みかねない状況でもあった。
スコットランド王でもあったはずのウィリアム(グレンコーの虐殺のときの王様ね)は、あたかもそのことを忘れたかのようにイングランドに有利な政策を打ち出す。
 ダリエン計画へのイングランド人の投資禁止。
これによって、ダリエン計画の資金は底をつき、1700年に植民地は捨てられることになった。

計画は見事に失敗する。国富の1/3(1/2とする説もある)がなくなったのだ。どうなる?スコットランド経済はたちまち立ちゆかなくなってしまった。

そんな中、王位継承問題が起きる。1702年には、ウィリアムがなくなり、名誉革命で追い出されたジェームズの娘アンが女王となっている。彼女にも子供がなかったために、ドイツのハノーヴァーからジョージを連れてくるつもりのイングランドと、スチュワート朝の血筋を守りたいスコットランドで対立が起きた。
1703年にスコットランド議会は、スコットランド王はスコットランド王室の血をひくプロテスタントであること、スコットランド王の任命権者はスコットランド議会にあることを決めた「安全保障法」を成立させ、イングランドが選ぼうとした英語も話せないハノーヴァー家ジョージに対する反対の態度を示した。

すると、1705年にイングランドは「外国人法」を制定する。これは、スコットランド人を外国人扱い(イングランド市民権剥奪)するとともに、スコットランド産の牛、リネン、石炭などの輸入禁止を定めた。すでに、ウイリアムはなくなっていて、その後継であったアン女王ですら(追放されたジェームズの娘なのに)、スコットランド女王でもあることをすっかり忘れ、ただひたすらイングランドに有利な政策が実施されたのだ。

ダリエン計画ですでに疲弊しきっていたスコットランド経済にとって、これらの禁輸措置が決定打となり、1707年に連合条約が成立して、スコットランドは議会を失い、ここにスコットランド王国が消滅したのだ。

歴史には、もしもやたらればがないのは承知しているが、ダリエン計画なんぞがなく、その後のイングランドの経済制裁でも立ち向かう経済力が残っていれば、1707年の連合条約はなかったかもしれない、とわたしは考えている。

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コメント

非常に興味深い話しですね。どこの国でもその時代には植民地を欲しがったのね。??1968年lってあるけど間違いよね。

本題に戻りますが、まだまだ知らない事の多いScotland vs England。どこまで行っても仲の悪い国同士みたいですね。もっと楽しくしましょうねー(^^♪

投稿: pengo | 2006年3月16日 (木) 01:42

ありがとうございます。さっそく間違いを修正できました。

わたしは、金輪際仲良くできない国同士の関係がイングランドとスコットランドなんではないかとも思ってます(笑)。過去をほじればほじるほどそう思えますよん。

投稿: nanba | 2006年3月16日 (木) 01:51

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