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2006年11月25日 (土)

”ケルト 生きている神話”

最近大陸のケルト人がローマ帝国におされてブリテン諸島に大挙して移住したかということが考古学資料の裏付けを伴って書いてある本はあるのか?というのが、今の関心事で、次の本も読んでみた。

   書 名: ケルト 生きている神話
   著 者: フランク・ディレーニー
   翻 訳: 森野 聡子
   監 修: 鶴岡 真弓
   出版社: 創元社 ISBN4-422-23005-0
   出版年: 1993年
   ページ: 404ページ
   価 格: 3200円+税

この本の目次は次のようになっている。

 第1章 はるかなる源流をたずねて
 第2章 民族の軌跡
 第3章 第一の悲話 トゥレンの子どもたち
 第4章 異教とキリスト教
 第5章 第二の悲話 リルの子どもたち
 第6章 表象の森へ
 第7章 第三の悲話 ウシュナの子どもたち
 第8章 ケルト人であるということ
 第9章 エーダインの恋
 第10章 受け継がれた遺産

BBCのドキュメンタリー番組を本にまとめたもので、著者はアイルランド人である。遺伝子解析以前のケルトについて人々がどのような考えを持っていたかはこの本を読むとよくわかる。

大陸のケルト文化をその発掘の歴史からとりあげ、ラ・テーヌとハルシュタットの遺跡発掘の様子なども簡単に紹介してくれている。また、3つの章を使ってアイルランド神話も紹介している。
よくできているのは現代のケルト人(とここでは書いておく)がすんでいるウェールズやアイルランド、スコットランド、コーンウォール、マン島でどのようにしてその言語の復興運動がなされてきたかを丁寧に書いてあるところに興味を持った。

以前から気になっていたのだが、典型的なケルト遺跡のことは大陸のものを、神話や伝説はアイルランドのものを持ってくるというのは、この本でも同じであった。違和感があるのはわたしだけなのだろうか。

そして、この本にも、残念ながら、ローマに押されたケルト人が大挙してブリテン島にやってきたというのは考古学的証拠なしにかかれている。もちろん、そのずっと以前からケルト人はブリテン島にすんでいたことになっている。これについても考古学的資料はあげられていない。

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コメント

「幻の民・ケルト人」全部見ました。
エンヤの故郷であるアイルランド北西部のドニゴール地方は、
ケルトの古代からの伝統文化が他民族の征服を逃れて今も受け継がれている土地です。
「キリスト教の礼拝」とは言いながらも、純粋なそれではなく、
土着の多神教の神々への祈りもちゃんと行われていました。
ところで、季節の4大祭りは日本で言う立冬、立春、立夏、立秋に当たるものですね。
また、「浦島太郎」や「瘤取り爺さん」に良く似た話も伝わっています。
このようにケルト文化には日本文化との共通点もあります。
ケルトの伝承物語の採集者は、
ドニゴール地方で語り部の話を録音して書き取りました。
ケルト人は元来、文字に残すことを拒んできた民族なので、先祖からのこういった遺伝子が受け継がれているのでしょう、知られていないことがまだ多くあると思います。

投稿: WildChild | 2006年12月13日 (水) 20:30

WildCatさん はじめまして。
コメントありがとうございます。

「ケルト 生きている神話」を読んでも、他のケルトに関する本を読んでも、大陸のケルトがアイルランドや移住したという決定的なことがかいていないなぁと感じるのです。これがいまの関心事です。

最近の遺伝子の解析では、大陸ケルトとアイルランドやブリテン島のいわゆるケルト系とされる人々に遺伝的な関係がないことがはっきりとしてきています。まだわかっていないことがたくさんあるのでしょう。今後の研究の進歩に期待しています。

アイルランドのケルトと日本に似たような話は、同じように日本とギリシアの神話などにもあって、古代人はどの世界でも同じような発想をするものだと考えておりました。

投稿: nanba | 2006年12月14日 (木) 11:36

このたびはコメント有難うございます。
>>最近の遺伝子の解析では、大陸ケルトとアイルランドやブリテン島のいわゆるケルト系とされる人々に遺伝的な関係がないことがはっきりとしてきています。
・・・ケルト人は元々人種的というよりも文化的な集団であったということがマッカーナ教授の「ケルト神話」という本に書かれていました。
だから、遺伝的には意外と関係がないかも知れませんね。
アイルランドの創造神話によると、ケルト人はスペインから渡ってきたことになっています。これはある程度神話仕立てになっていますが、紀元前何世紀頃のことなのでしょう。

>>今の”島のケルト”と呼ばれるアイルランド、コンウォール、ウェールズ、マン島、スコットランドの人々は、どこからやってきて、どのようにしてケルト系言語を話すようになったのか。
・・・遠い祖先は大陸のケルト人と同じ所に住んでいたのでしょうか。これこそ今後の研究ですね。

投稿: WildChild | 2006年12月15日 (金) 19:43

コメントありがとうございます。

このサイトでの読んだ論文のことについて書いていますので、こちらの記事も読んでいただけるとうれしいです。

http://bailebeag.cocolog-nifty.com/scotland/2006/11/post_506f.html

その記事は下記論文を読んだ印象などをまとめたものです。

http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?tool=pubmed&pubmedid=15309688

たしかに、WildaCatさんが、おっしゃるようにローマ帝国の時代のケルト人というのは、文化を共有した民族のつながりで特定の人種をさしていないというのは、大陸ケルトに対する定説の一つですね。

でも、いわゆる大陸のケルト人は東部ヨーロッパあるいはもっと東の西アジア方面からやってきたというのも定説の一つです。ヨーロッパの西からやってきたわけではありません。

上記の論文は、”ケルト人”というのを現代ケルト系言語を話す人々とその祖先という形で使っているので、島のケルトは7000年前に北部スペインからやってきた新石器時代をもたらした人々の子孫ということになっているのです。島のケルトと言われる人々は、新石器時代から島にいたのであって、ローマから圧迫されて大陸からやってきたわけではないということです。

そうすると、新石器時代から青銅器時代、鉄器時代と時代が進むときでも、大規模な大陸からの移民がなかったということになります。

アイルランドやブリテンに住む現代ケルト人と、ラ・テーヌ文化を作り、ハルシュタットの遺跡を残した大陸ケルトは別物と思えてなりません。すでに大陸のケルト系言語や神話は失われて久しく、その文化の全容を解明するには新たな大規模遺跡が見つかるでもしないと無理でしょう。

例えば、仮に中国の漢字を使う人々がすでに絶滅していたとして、似たような漢字が日本の古い遺跡から見つかったときに、日本人を昔のその漢字を使う中国人の子孫だというような、かなり乱暴な議論が、大陸ケルトと島のケルト間にはあるような気がします。

わたしのような素人でも思いつく素朴な疑問ですから、遺伝子解析の結果と遺跡、文化の発展に対して、矛盾が減るような考え方が、きっと今後の研究によってでてくるのだろうと思っています。

投稿: nanba | 2006年12月19日 (火) 23:46

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