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2007年10月17日 (水)

”ヒゲのウヰスキー誕生す”

これは、ニッカウヰスキー創業者である竹鶴正孝氏の伝記である。もう20年以上前に文庫本となっているもので、以前から読もう読もうと思っていたのだが、10月21日(日)に竹鶴威さんの講演を聞くにあたって、背景を少しでも知っておいたほうがいいだろうと思い、あわてて読んだ。

 書名  ヒゲのウヰスキー誕生す
 著者  川又一英
 発行年 1985年
 発行所 (株)新潮社 新潮文庫
 ISBN 4-10-142801-8 C0193
 ページ 298ページ
 定価400円

日本で誰もモルトウイスキーの造り方を知らない時代に、単身英国にわたりその技術と理論を身に着けて帰国し、山崎蒸留所、余市蒸留所、宮城蒸留所をつくりあげたのが竹鶴政孝氏その人であり、さらには、それらのモルトウイスキー蒸留所に加えて、コフィスチルを使ったグレーンウイスキー蒸留所(かつては西宮工場にあり、現在は宮城蒸留所に移されている)をもつくりあげている。
これだけの蒸留所を作り上げた人物は、本場のスコットランドでもそうはいまい。

1919年のスコットランドといえば、日本人と話をすることなどもかなわなかったであろうし、そんな中で、自分が学ぶべき大学を独力で見つけ、実習先も自力で探すという仕事のことだけでなく、家探しや他の日常の生活でも、どんなにか苦労したであろうかと想像する。

愛妻リタさんとの出会い、結婚、そして彼女の死。スコットランドに生まれて、一人の日本人を愛し、戦前、戦中とつらい時期もすごしたはずの彼女は、日本人以上に日本人らしく竹鶴を愛し、彼の家族を含む多くの日本人に受け入れられていたこともわかるだろう。この二人のストーリーは漠然とは知っていたとしても、この本で読む価値は十分にある。

# このストーリーで映画をつくろうって人はおらんもんかのう~。

サントリーとニッカ以外はまっとうなウイスキーを造ることができなかった時代に、原酒を一滴も使わずに作った”ウイスキー”で大もうけしていた沢山の”洋酒メーカー”があった。そんな時代でも、本物にこだわり続けた彼の生き方。食品の中身の”偽装”が問題になる現代にあって、今一度、こんな考えで生きた日本人がいたことを日本人がもう一度思い出してほしいと感じた。

まだ、読まれたことがなければ、ぜひお勧めの本である。
古本屋なら100円で売っているかもしれない。
Hige_whisky

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コメント

その背景を知るたびにNIKKAファンに育ってしまいました。ちょっと竹鶴氏を英雄視しすぎるきらいはありますが、それでも偉大な人だなーと思ってしまいます。サントリーもきっといろんな話があるのでしょうが、なんというかスマートすぎる感じがしてしまいます。NIKKAは日本人くさいというかなんというか・・・

投稿: pengo | 2007年10月19日 (金) 11:25

わたしは特にどちらというのがありませんが、竹鶴さんが苦労されて日本ウイスキー作りを伝えたこと。そして、その過程で、リタさんという女性の支えがとても大きかったことに感動しております。

ニッカとサントリー、どちらの会社にも、ウイスキー作りに本当に一生懸命な社員がいてがんばっていると感じております。

投稿: nanba | 2007年10月22日 (月) 12:10

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